バイクに関する私歴                   

小学5年生 父親にバイクの乗り方を実地でレクチャーを受ける。すっかりバイクにはまる。
小学6年生 通学途中のつぶれた工場にあった鍵付きバイク(スーパーカブ)を友人が盗む。それを乗らせてもらっている所を見つかって大目玉。
中学2年生 父親が友人から ホンダDAX50 を譲り受ける。父親よりも自分の足として使用する。もちろん無免許(^_^;)
中学3年生 このバイクで新聞配達のアルバイトを始める。もちろん無免許(^_^;)
高校1年生 入学し5月に免許を取得、堂々と乗れるようになる。それ以前から堂々と乗ってはいたが(笑)
高校2年生 友人の友人にスズキGT750をちょっとだけ乗らせてもらう。初めてバイクで160q/hを体験する。
新聞配達のバイト代で ヤマハRD50 を新車で購入するも1週間で事故に遭い廃車(ノ_・。)もちろん10:0で相手の過失。
入院中にバイク雑誌で ヤマハRD50SP が発売される事を知り購入を決意。
入院中に自宅に置いてあった我が愛車は友人達のバイクの部品取りとなりフレームしか残らず。。。。
DAX50でリハビリに励みつつバイト代を稼ぐ。示談金+バイト代で RD50SP を新車で購入する。
この頃よりロングツーリングに目覚め高三の夏休みに北海道ツーリングに行く事を計画する。
高校3年生 夏休み前半までバイトでツーリング資金を稼ぎ後半より10日間北海道へ。当時は大洗からのフェリーも無く、茨城から新潟へ抜け日本海側を青森までひたすら北上した。およそ24時間かけて青森へ。北海道内は一日平均500qで駆け抜け予定通り一周を果たす。自宅に戻った時には所持金700円足らずしか残らず(^_^;)
友人(限定解除免許有り)にホンダCB750Fourを借り、高校への通学に使う。もちろん無免許(^_^;)
高校卒業直後の就職までの期間中、車の免許を取らずバイクの免許を取りに行く。お金がないので試験場へ一発試験に臨む。
一緒に行った友人より早く見事3回目にて合格してしまう。ちなみに当時の中型試験車両は ホンダホークU。
社会人一年生 就職するなりいきなり関西へ3ヶ月の研修(修行?)を命じられる。行った先の尼崎市にて ホンダホークV を中古で購入。もちろん給料を当てにしてのクレジット(笑)
ホークVにて神戸の六甲山周辺を毎日のように走り回る。残念ながら片山敬純が修行したという再度山は当時すでに二輪通行止めで全く走れず。主に裏六甲を修行場所とする。また一般道でヤマハRZ250やXJ400とシグナルグランプリを行うも負け知らず( ̄^ ̄)
裏六甲でステップやメインスタンドから火花を飛ばし、フルバンクで目をつり上げながら走っている時にアウトからドカティ900SSに軽くぶち抜かれ、めっちゃへこむ。
社会人2年生 研修を終え地元に戻るとおよそ1年で工場が一時操業休止となる。2ヶ月間、ほぼ全員宇都宮工場に丁稚に出される。時は2月。もちろん移動はバイク。バイクで行ったものの、雪が降りほとんど現地で乗れずに終わる。
宇都宮での丁稚奉公が終わり、今度は関西へほぼ全員が1年間の転勤を命じられる。現地での勤務開始日まで結構な日数がもらえたのでついでに九州ツーリングを計画する(笑)同時に限定解除の事前審査を受け試験に臨む。当時の試験車両は バイクの引き起こしがカワサキW1、押し走りの8の字がカワサキZ2、走行試験車両がホンダCB750Four。当然1度目は落ちる。次回は3ヶ月後にならないと受けられないという事だが、その頃には関西人(笑)。やむを得ず兵庫県に住民票を移動して現地で限定解除試験を受ける決意をする。
予定通りホークVにて九州ツーリング決行。東京からフェリーで宮崎県へ。鹿児島を回り熊本、福岡、長崎をまわり北九州よりフェリーでおよそ一年ぶりの神戸へ。
20歳 現地にて成人式の案内はがきが来るも興味がないので参加せずに日帰りツーリングへ(笑)
地の利を生かし休日はツーリングに励む(笑)。大阪、京都、和歌山、滋賀、福井、石川、等々、関東からはなかなか行けない所をどんどん走る。日帰り淡路島一周ツーリングなども行うも、数度目の淡路島走行中に白バイに追尾され速度違反で捕まる(ーー;)その後、淡路島は行ってない。当時は淡路島と四国を結ぶ橋の建設途中で、建設現場近くまで行って橋桁だけを見てきた。
地元兵庫(笑)の運転免許試験場に事前審査を受けに行き、本試験の日にちが決まる。試験当日、試験車両を見て驚く。中型免許の試験車がカワサキZ400LTD(アメリカン!)、限定解除試験車カワサキZ750FX!さすがカワサキの地元(明石市)と感心する。試験自体は途中でコースを忘れてしまい今回はダメだなと思い、割り切って走ったら見事合格してしまった。
免許が取れたらバイクが欲しくなるのは必然。早速、中学時代からの憧れだったカワサキZ2を探しに行き、見つけてしまう。もちろん2台も所有できるはずもなく、3万qほど一緒に走ったホークVはドナドナとなる。
このZ2でも六甲山をひた走る。この当時TT-F1マシンが六甲山に出没しているという噂が流れるも、一度も遭遇せず。
Z2にてGW、盆休み、正月などの連休の度に茨城と尼崎を往復する。
一年の転勤が終わり地元へ戻る。最大排気量のバイクに乗ってみたくなり地元に戻りすぐにハーレーの新車を購入。車名FXSローライダー。
ハーレーにて北海道ツーリングを敢行。懲りずにまた青森までひた走る。ただし今度は途中まで高速使用(笑)しかし、やはり帰りもひた走る。
確か22歳頃 さすがに雨、風、雪の日はバイクが辛くなり車の免許を取得するために教習所へ通う。
ハーレーにてロングツーリングを行った後、どうにも全てのサイズが自分向きではないことに気付き乗り換えを決意する。
ハーレーを下取りに出しカワサキGPz750(空冷)を新車で購入。購入後約1年でGPz750R忍者が発売され、ちょっと悔しい思いをする。
なじみのショップにホンダVF1000Rの試乗車が入り、乗らせてもらう。初めて200q/hを越える。
GPz750にて再度北海道へ行く。筑波サーキットの走行会にも頻繁に参加しコース路面μの公道との違いに驚く。
サーキット走行に目覚めホンダNS250Rを購入、HRCのキットを組み込みサーキットへ通う。が、始めた年齢が遅すぎたのとセンスがない事に気が付く
今のバイク屋に勤務する事が決まり、店長、メカ(自分)、事務員の3人しかいない中で自分がサーキットで転けると困るとなり、サーキット走行をやめる
NS250Rをノーマルに戻してお客に売り、スズキGSX750S刀のU型を中古で購入する。もちろんセパハン化する。この頃はやたらと刀が多かった。
自分で刀のエンジンをばらしシリンダーヘッドのチューンを施す。ポート拡大、研磨(鏡面仕上げ)等。メーター読み220q/hまでは確認できる程度に仕上がる。振動がひどく人間が耐えられずにそれ以上のアタックは断念する。
数年乗った所でポジションのきつさ、クラッチの重さが耐えられなくなり刀を手放す。
処分で引き取ったスズキGSX750Eをもらい、車検が切れるまで乗り回す。
GSX750Eの車検が切れ、乗る物がなくなった頃に下取りでヤマハXJ750Eが入庫、これを8万円で買い下駄代わりに乗り回す。が、意外とポテンシャルが高い事に驚く。
1988年 ホンダが限定でTT-F1マシンの公道バージョンを発売するとの情報が入りカタログに釘付けとなる。価格148万円、全国限定1000台、知る人ぞ知るロードゴーイングレーサー、ホンダRC30(VFR750R)である。注文段階で予約が殺到し抽選になるとの事だったが当たるかどうかもわからないのに銀行にローンを申し込む。
不思議な事に抽選が当たってしまいRC30のオーナーになることが決定する(笑)もちろんローンのオーナーにも決定(^_^;)
年も押し迫った12月末、カタログしか見ないで購入した148万のバイクがやっと入庫する。初めてまたがりシートの高さと幅に驚愕する。乗れるのか?
1989年 慣らし中のお店主催のツーリングでTZR250に最高速で負ける。リミッターが。。。。その後速攻で輸出用の300km/hメーターに換え、リミッターカットを施す。スズキGSX1100Rと高速でバトル、250km/hまでメーターで確認する。バイクはまだ余裕ありそうだった。。。
別冊モーターサイクリスト誌で追跡コーナーにRC30が企画されている事を知り、座談会に申し込む。後日なぜか採用され、八重洲出版へ出向く。ここで他のRC30オーナーと初めて会い、取材終了後にオーナーズクラブを立ち上げる事を決定する。
箱根にて第一回オーナーズクラブツーリングを開催、参加する。新聞にも載る。
第一回オーナーズクラブ全国大会をクラブ発起人の一人が経営する長野県白馬村のペンションにて開催する。全国から50台ものRC30が集まる。
二年近くRC30に乗り、早いけど楽しくないことに気づき、あっさり車検前に手放す。その後RC30はプレミアが付いて中古相場がグンと上がる(ノ_・。)
平行して乗っていたXJ750Eをどうしても譲ってくれと言うお客さんが現れ、渋々破格値(笑)で手放す。。。。バイクが何も無くなる。
ホンダから借りた試乗車X-4にて北陸ツーリングを敢行。距離を走りすぎ、メーカーからひんしゅくを買う(^_^;)
ヤマハの卸さんから変なバイクがあるけど欲しい?と聞かれ見せてもらう事に。。。それが変なバイク、ヤマハXS1100S。アメリカンのような、ドラッグ系のような何とも不思議なバイクだったが、取り合えず乗る事にする。
XS1100Sの他のオーナーの呼びかけでヤマハクラブミーティングに参加する。XS1100Sはまだオーナズクラブとして発足していなかった。2台のみの参加であった。
ヤマハクラブミーティングに2度目の参加。この時はクラブとして登録され総勢10台程のXS1100Sが集まる。
それなりに乗っていたXS1100Sの車検時期となり、重さに負けて手放す。またバイクが無くなる。
お店に下取り(処分)で入庫したヤマハディバージョン600を店長からもらう。このバイクにヤマハFZR400のブレーキ周りを換装、ダブルディスク化する。
ディバージョンで静岡、掛川の友人、愛知の友人宅を訪ねる。これがディバージョン最初で最後のロングツーリングとなる。
乗らない期間が長期にわたるようになり、持っていても仕方ないので買い取り業者に5万円で売り飛ばす。タダでもらったバイクなのに(笑)。そして、またバイクが無くなる。
2003年 部品取りとして仕入れたバイクがあまりにも程度が良く、中古車にしようと言う事になる。それが現在の愛車BMW K100RS。
中古にするけど従業員が買うなら多少安くしてくれるかな?と思いつつ店長と交渉するも一般的な価格で落ち着く(ーー;)
嫁さんと交渉し購入を決定。
K100RSを通勤に使ったりちょい乗りに使ったりする。しかしなかなか距離が伸びず。この為再びロングツーリングを敢行する、がその後全く距離が進まず。
現在、バイクを修理で預かったお客さんに代車として貸し出し、距離を伸ばしてもらっている。現在3800q程度。(購入時2400q)

まだ制作の途中です。m(__)m